それは誰でもない、今まで何も話さなかった理央だった。少しだけ前に出て来て話し出す。その表情はとても辛そうで寂しそうで、でも凛としていた。
「先生には、本当に感謝しています。悩んでて誰にも言えずにいた私に、すごく親身になってくれて……」
「でもそれは……」 話を折ろうとする俺を、隣にまで出て来ていたカレンが肩に手を置いて首を横に振った。「すごく嬉しかった。たとえどんな思いが先生の中にあったとしても、あの時の言葉は真実でしょ? 私はそれに救われたの!!」
理央の頬を涙がキレイに伝い落ちる。「い、市川さん……」
先ほどまで立ち込めていた闇が引いて薄くなっているように感じた. 今がチャンスなんだけど、俺の出番はまだ早い。ここは理央さんに頑張ってもらうしかない。そんな視線を向けると理央さんは泣きながら笑っているように見えた。「そして今、私にはこうして私の為を思ってくれる友達もできました。それは……先生、あなたのおかげなんです。だから、私はもう大丈夫です。先生の思うようにはなれなかったけど、私は強く生きていけます。今まで本当にありがとうございました」
理央は腰を折ってお礼お述べた。それはとても深く心からのものだと思える程に。最初は戸惑っていたような表情をしていた早川も、流れる涙をぬぐうこともせず、ただ黙って立ち尽くしている。
「ごめんなさい、市川さん。私は、私の事しか考えてなかった。でも、あなたを助けたい。救いたいって思ったのは本当なの。でもそれだけじゃだめなのね……」
そう言って、その場に泣き崩れていく早川からは、もう闇のように黒い顔をした後ろの女の子の姿は見えなくなっていた。「先生、先生は一人の生徒を救ったという事実は変わりません。理央さんにも先生にもそのことはずっと忘れないこととして残るでしょう。以前のあなたなら、もう戻ってこれなかったかもしれませんが、今のあなたならもうその心配はないと思います。負けないでくだ
ここからまた悩む時間が開始されたのだが――。 こんこん「お義兄ちゃん、いる?」 伊織が部屋のドアをノックしてきた。「おお、いるぞぉ」「ちょっといいかな?」「ん、いいぞぉ」 ガチャっと開かれたドアの向こうに、くつろいでる時に良く着ているノースリーブに短パンという恰好をした伊織が立っている。やっぱりウチの義妹はかわいいですなぁなんて考えてたら、伊織の目が元々大きいのに更に見開かれたように見えた。 しかし慌てて視線を外す。「どうした? 入っていいぞ?」「あ、うん。お邪魔しまぁす」 ちょっと他人行儀なのが気になるけど。 とことこ歩いて来て唯一あるクッションへちょこんと座る。「えとね……」「うん?」「カレンさんとの件なんだけど、私にできることあれば協力しようと思って」「ああ、そうか。でも……情けないけどまだ何も考えつかないんだよ」 ちょっと沈んだ表情をする伊織。「お義兄ちゃんが、カレンさんとデートするんでしょ?」 義妹から予想してない発言が出ましたよ。ハイ、お兄ちゃんもビックリです。「ち、ち、違うぞ伊織!! 俺じゃなくてだな!! その、カレンの友達というか知り合いで」「え!? 違うの!? ごめんなさい!!」 伊織目をバッテンにしている。 少しの沈黙が二人の間に訪れた。 それから当たり障りのない所だけを説明してあげた。「じゃぁさ、出来るところからやってみようよ」「できるところから?」「うん。カレンさんの事務所に行ってスケジュールとかマネージャーさんから聞いて、あ、偉い方からオッケーもらうのが先かな?」 伊織が珍しく俺の部屋で俺と二人だけで会話してる。それだけの事なんだけど、何故か心が癒されたんだ。「じゃぁ、連絡入れといてねお義兄ちゃん」「わかった」「私
かなりカレンは不機嫌です。まったく話は聞いてくれないし、響子理央姉妹はなぜかキャーキャー言ってるし、伊織に至っては「帰る!!」って歩いて行こうとするし。結構なパニック状態に陥った。 時間が経つにつれて、落ち着いてきた皆に事情を説明する。「で?あたしがその康介とデートしなきゃなの?」「うん、まぁ、そういう事なんだけど」 返事に困った。「どうやって? 康介君てあの工藤康介くんでしょ? 一昨年亡くなった」「うん。そうみたい。私は公立高校だったから近いし時々見かけてはいたんだけど、あまり話したことはないかなぁ」 と理央が言う。あ、そういえばこの、カレン・響子・理央は幼馴染だから[康介]の事は知ってるんだな。話が早くて助かる。「どうやってするのよ?」「え?」 意外なセリフが返ってきたことに驚いた。今まで会ってきた時のカレンの性格からすれば答えは「NO」だと思っていたから。「するにしても今の康介って幽霊なんでしょ?」「そうなんだよなぁ……で、考えたんだけど、あれ使えないかな?」「「「あれ?」」」 ――あれ? この反応はなんだろう? 三人の思いも寄よらぬ反応に少し焦る。同時に思った。それは、時々当たり前のように俺の前に現れるあれの事なんだけど、この反応は思ってもいなかったんだ。「あのね、シンジ君。あれはみんなには言ってないの。それに、意識ある状態で使うと結構体にひびくんだよねぇ」「む……」 この点に対しては反省した。確かに俺も人前ではこの体質を好き好んで口外したりは絶対にしない。信じてもらえるか否かの以前に、そんなこと言う人がどういう目で見られるのかを身をもって経験しているから。人は些細なことでも結構簡単に離れていってしまうものだ。実体験があるからすごく良く分かる。「使えないとすれば……どうするか」「考えてないんでしょ?」「はい……
ソレから週をまたいだ月曜日のこと。 行きつけの店になりつつあるカレンの事務所の近くのファーストフード店に4人で来ている。 カレンに待ち合わせを打診すると、大体がこの店になるのだが、席もいつも最奥席。 今日、店に来て違ったこと……それはなんとその席が[予約席]としてキープさせていたことだ。アイドルパワー恐るべし。である。 ちなみに今日のメンバーは、俺、隣に義妹の伊織、テーブルの向かい側にカレンと理央が座っている。 [理央]とは、前回の事件でいろいろ大変な目にあった双子姉妹の妹さんの方で、お姉さんの[響子]とは違い事件以来の初顔合わせとなるが、見る限りは元気そうで俺も安心した。 復帰祝いも兼ねているというので、面識ある義妹の伊織にも来てもらい今日はみんなで楽しく騒ぎましょうって事になっていたのが、お姉さんの響子が用事があって少し遅れている。「どうも、久しぶりだね藤堂クン、伊織さん」「いえいえこちらこそお久しぶりです」「お久しぶりです、理央さん」「かたぁぁぁぁいぃ!! そんな暑苦しい挨拶はいいから!! 友達でしょ? 気楽にやろうようねぇ?」 と、いうあいさつの後にささやかな乾杯――もちろんジュースやコーヒーで――が行われた。 最初はガチガチだった俺たちだったが、時間とともに和やかに打ち解けていった。「藤堂クンてさ」「あの、理央さん、その藤堂くんじゃなくてシンジでいいよ」「え? そう? じゃシンジ君で。私も別にサンとかいらないよ?」「あ、俺、女の子を名前呼び捨てとかしたことないから」――えーと何故かカレンと伊織からニラマレテマス! 怖い!!「あれ? でもカレンの事は?」「あ~、こいつはいいんです。出会い方が出会い方なんで」「こいつって言うな!! 失礼ね!! これでも人気あるのよ?」 といった感じで他愛もない話をしつつ時間が過ぎていった。 あまり騒いでると、出禁になって使えなくなっても困るので、
恋をしていた。周りには言えない。何も聞こえない。 だけど恋をしたんだ……相手が誰とは言えないけど。 特技も何もない。持ってるやつが持ってるやつと自慢しあえばいい。毎日毎日、同じ時間を繰り返していく。持たない者はその繰り返しの中で生きている。だから思う。自分がいなくなってもどうせ誰も困らないだろうと。いても何も変わらないなら、いなくても何も変わらない。 誰も泣かない。誰も笑わない。誰も話さない。 人として、せめて人間としてのプライドだけは捨てたくはない。 たとえ何かを失っても。たとえ何かが消えても。たとえ自分が消えても……。 でも叶うのなら、自分が存在した証だけは忘れないで欲しい……。皆になんて贅沢は言わない。ただあの人にだけでもそれが今の願いで唯一の想い。 俺こと藤堂真司はいつものように絡まれていた。絡まれているとはいえ、それは少し危ないお兄さんたちや、学校のいわゆる不良たちという訳ではない。いや、自分からすればもっとたちが悪いと言える。 「今まで言ってきた通り、俺は幽霊は好きじゃないし、慣れてもいない。いや慣れたくない!!」しっかりと相手の顔を見ながらそう反応しても『そんなこと言わないでさ、シンジ君。仲良くして 』 なんてかわいく言ってきても無理なものは無理。 ――できるくぁぁぁぁぁぁぁ!! あんた男だし!! かわいくないし!!「はぁ~~」 太くてでっかいため息をつく。 駅前のベンチに座っている俺の横をフワフワしてるモノ。 はい、今回も幽霊さんです!! 名前は……なんだっけ? まぁいいや。ずっと駅を出てから憑《つ》いてきてるんだけどまったく……俺は好きじゃないのに。「あの、憑いてこないでもらえますか?」『そんなっ! 僕とシンジ君の仲じゃないですか
それは誰でもない、今まで何も話さなかった理央だった。少しだけ前に出て来て話し出す。その表情はとても辛そうで寂しそうで、でも凛としていた。「先生には、本当に感謝しています。悩んでて誰にも言えずにいた私に、すごく親身になってくれて……」「でもそれは……」 話を折ろうとする俺を、隣にまで出て来ていたカレンが肩に手を置いて首を横に振った。「すごく嬉しかった。たとえどんな思いが先生の中にあったとしても、あの時の言葉は真実でしょ? 私はそれに救われたの!!」 理央の頬を涙がキレイに伝い落ちる。「い、市川さん……」 先ほどまで立ち込めていた闇が引いて薄くなっているように感じた. 今がチャンスなんだけど、俺の出番はまだ早い。ここは理央さんに頑張ってもらうしかない。そんな視線を向けると理央さんは泣きながら笑っているように見えた。「そして今、私にはこうして私の為を思ってくれる友達もできました。それは……先生、あなたのおかげなんです。だから、私はもう大丈夫です。先生の思うようにはなれなかったけど、私は強く生きていけます。今まで本当にありがとうございました」 理央は腰を折ってお礼お述べた。それはとても深く心からのものだと思える程に。 最初は戸惑っていたような表情をしていた早川も、流れる涙をぬぐうこともせず、ただ黙って立ち尽くしている。「ごめんなさい、市川さん。私は、私の事しか考えてなかった。でも、あなたを助けたい。救いたいって思ったのは本当なの。でもそれだけじゃだめなのね……」 そう言って、その場に泣き崩れていく早川からは、もう闇のように黒い顔をした後ろの女の子の姿は見えなくなっていた。「先生、先生は一人の生徒を救ったという事実は変わりません。理央さんにも先生にもそのことはずっと忘れないこととして残るでしょう。以前のあなたなら、もう戻ってこれなかったかもしれませんが、今のあなたならもうその心配はないと思います。負けないでくだ
「行くか!」「うん」「はい」「が、頑張ります」「……」 それぞれの思いを胸に、五人は理央の通っていた学校の正門前に来ている。 俺、カレン、伊織、響子、そして理央。理央だけは少し不安げな顔を学校に向け無言で眺めている。 ここには正直理央には来てほしくなかったのだが、本人がどうしても行きたいというので同行してもらうことにした。それでも、ここまで来ても俺は気が進まなかった。「理央さん……無理はしなくていい」「だ、大丈夫、です。……行けます」 こくんとうなずく理央にの顔にははっきりとした決心が見て取れて、俺も「わかった」とうなずくことしかできなかった。 本当なら入ることのできない校舎に、こうして5人で何事もなく入れたのは理央が転校するにあたって残った私物を取って、探して、回収するためっていう名目です。ほんとうは両親がすでに運び終わってるらしいけど。 それでもこの学校に来る理由。闇の中に消えたあのモノがいるから。 学校内で通っていた部室、それから更衣室、下駄箱、皆で見て回っていく。 自分の通う学校と違うので、結構真面目に見ちゃうもんだな。伊織は「進学するときの為の下見」とかいって割と乗り気で付いてきたし。 最後に残ったのは理央の机のある教室。 俺はできれば入りたくなかった。そこにアイツがいたから。「あ、先生……」「市川……さん?」 今日、この学校に来ることを決めた時、ここに来てもらえるように響子、理央姉妹の両親からお願いしてもらっておいた人物。理央の担任[早川香里]。女性の教師だ。 その先生がある机に座って俯いていた。「こんにちは、市川さん。体調はもういいの?」「え、ええまぁ、おかげさまで」 途端に理央の様子がおかしくなった。俯いて、少し息遣いも荒い。「私をここ呼んだのはあなたなの?」